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通神日和

季節をテーマにした通神たちの日常を描いたショートストーリーです

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秀吉会の花見酒

腰にひょうたんを4つほどぶら下げた 油小路 ( あぶらのこうじ ) が、先だって走っていく。そして、最初の門をくぐり振り返った。

「わぁ~! 今年もぎょうさん咲いてるで!」

喜びに満ちた油小路の声が、俺、 寺町 ( てらまち ) と隣にいる 仏光寺 ( ぶっこうじ ) と子ザルの 秀坊 ( ひでぼう ) へと届く。

今、俺たちは奈良街道から 醍醐寺 ( だいごじ ) の最初の門・総門を正面に立っていた。ここからその総門の向こうを覗くと、桜馬場の両側に咲く桜がちらりと見えている。

(わぁ……今年もいいお花見が出来そうだね)

「さあ、仏光寺、秀坊、俺たちも行こうか」
「ああ」
「ウキッ!」

ここは俺たち通神の住む世界『 ( みやこ ) 』の醍醐寺でね。この姿は現代の京都で見る醍醐寺の姿と何も変わらない。毎年、俺たち3条(※1)は敬愛する秀吉公の愛した桜を見にこの醍醐寺へと足を運んでいるんだ。

「ねぇ、今日の秀坊の衣装は秀吉公を意識したの?」
「ウキキッ、キキッキー」

ここへ来る道中、仏光寺が連れている子ザルの秀坊にずっと気になっていた衣装のことを尋ねてみたら、秀坊は自慢げに着ているものを触って、一生懸命何か言っている。それをいつもと同じように、仏光寺が秀坊の言葉を代弁してくれた。

「よくわかったな。秀吉公が好きな金色の着物だぞ。……だそうだ」
「ウキ? キキッウキキィ~」
「ん? 仏光寺、今のは何て言ったの?」
「ああ。その寺町の背負っている籠からいいにおいがする。と言っている」
「ご馳走のにおいかな。今年も楽しみにしていてね」
「ウキッ☆」

そんな話をしながら足を踏み入れたのは、総門から仁王門まで続く桜馬場。この桜馬場からやり山までの左右の桜は、秀吉公が花見のために幾内や吉野から、おおよそ700本の桜を運ばせたというのだから驚きだ。

(さすが俺たちの秀吉公だなぁ……)

こんな偉大なことも成し得たのだと思い出していると、「いつ見てもいい……」と仏光寺がつぶやき、俺も大きくうなずいた。

「そうだね。いつ見ても感動するよね」
「ああ」

口数の少ない仏光寺は東西組の通神。俺とは稀にお役目の時に会うくらいで、こうしてゆっくり話をする機会はこのお花見の時くらいなんだけど、毎年必ずここで立ち止まって一言二言の言葉を交わす。

目の前には道と空、両端を桃色の花々が連ねる景色。奥にそびえる大きな仁王門はわずかしか姿を見せていない。毎年、この変わらない景色を見て、俺と仏光寺は静かに歓喜していた。

「おーい! 早く、早く!」

せっかちな油小路は、すでに仁王門前で手を振っている。

「相変わらずせっかちだよね、油小路は」
「行こう。場所はもう決めてある」
「え? 場所が決まってるって?」

驚いて仏光寺を見ると、普段表情を変えない彼が心なしか自慢げにこちらを見て、すぐ前に向き直った。

確かに、毎年この広い醍醐寺のどこで花見をするかは、迷ってかなり時間がかかる。先に場所が決まっているに越したことはないのだが、前もって安易に来られるような近場でもない。

仏光寺の様子じゃ、本当に場所は決めてあるのかもしれないけれど……。

仁王門前まで辿りつき油小路と合流すると、彼は着物の袖からごそごそと飴を取り出しみんなに配りだした。

「さぁて、ここからが毎年大変やねんなぁ~。飴でも舐めて、いい場所探そうな」
「今年は……飴は舐めなくてもいい」
「うん、わかってるで。飴は舐めんでもええ……えっ? 今なんて言うたんや?」
「えっと、油小路。仏光寺は今年の花見場所を決めているようだよ」
「ほう~。それは段取りええ……毎年毎年、どの場所にするんかで困ってたもんなぁ」
「キキッ、ウッキーキキウキッ」
「秀坊の言う通り、今年は秀吉公を真似て段取りよく準備をしてみた」

「準備ぃ?」と油小路と俺の声が重なった。

俺たちの声にもかまわず、ずんずんと歩いていく仏光寺についていくと、何十本もの桜の木の奥に紅い敷物や傘が見えてきた――。

「これは……!」
「この準備を、1条でやったの? 」

俺の言葉に、フッと笑う仏光寺。

「いや……わしと秀坊とで昨日来た」
「キキッ(ドヤ)」

仏光寺の話によると、毎年、料理は俺が用意して、お酒は油小路が持ってくる。それなのに自分は何もしていない気がしていたのだそうだ。

「俺たちは君の秀吉公話を聞きたくて、ここへ来るのに」

俺がそう言うと、仏光寺の前に秀坊がしゃしゃり出てきた。

「ウキキ、キキキッウゥキッ」

「たまには趣向を凝らした花見をしよう。と言っている」
「それで、どんな風に趣向を凝らすんや?」

それから俺たちは仏光寺の提案で、あの日 の秀吉公の花見を再現してみようということになった。あの日と言うのは、慶長3年3月15日に晩年の豊臣秀吉がここ醍醐寺三宝院裏の山麓において行った盛大な花見の宴のことだ。もちろん、秀吉公に扮した秀坊はやる気満々。

(それで場所を決めてくれていたんだね)

俺も油小路も何だか楽しくなってきて、みんなで敷物の上に座り、俺は背負っていた籠から重箱を出し、一の重、二の重、三の重と小さな秀吉公の前へと並べていった。

「秀吉公、お酒をお注ぎするで」
「ウキキキッ(くるしゅうない)」

コポコポッとひょうたんから盃へと注がれる花見酒。

みんなの盃にお酒を入れ終えると、仏光寺がおもむろに立ち上がり、金色の扇を広げて舞い始める。大きく優雅に舞う仏光寺に合わせて、小さな秀吉公も一緒に踊り出した。

その様子を見ていると、古(いにしえ)の時を超えて、太鼓や笛の音に人々の笑い声が聞こえてくるようだった。

ひとしきり、仏光寺の舞を堪能したあとは俺の用意した料理を食べてもらう。

「1300人もの料理やお酒を準備するんは、大変やったやろうな」
「本当だね。1300人分なんて考えただけで気が遠くなるよ」
「当時は茶屋を出していたそうだ。わしらは今年も寺町の美味しい料理に感謝している」
「美味しいって言ってもらえてうれしいな」

すると、いままで風など無かったのに、ヒューッと一筋の風が花びらを乗せて、弧を描くように吹き抜けていった。

次々と舞っていく花びらの光景は、もっと花見を楽しめと秀吉公が言っているように思えて、みん なの盃に舞い落ちた桜の花びらにも、温かな気配を感じる。

(秀吉公は楽しいことがお好きでしたね。俺たちも、あなたの桜を楽しんでいますよ……)

心の中でそう返事をしてみると、不思議な事に見上げた桜の枝がさわさわと音を立てた。

それから俺たちはとても盛り上がったんだ。最近では『推しの話』っていうのかな? 俺たちには毎年恒例ではあるんだけど、各々が心の中に持っている秀吉公の思い出話を飽きもせず、夜が更けるまで語り明かした。

もちろん、秀吉公の愛した桜を眺めながら。

- 完 -

(※1)通神たちを数える単位を「条」という