通神日和

季節をテーマにした通神たちの日常を描いたショートストーリーです

季節をテーマにした通神たちの日常を描いたショートストーリーです

洞院兄弟の七夕夢路 ( とういんきょうだいのたなばたゆめじ )

(ここは夢の中……だよねぇ? ……麻呂たち寝ちゃったの?)

さっきまで麻呂は、兄さまの 西洞院 ( にしのとういん ) と住居である南北屋敷にいたはずなのに、何故か今は暗い細道を兄さまと二人で歩いていた。

たまにあるんだ、兄さまと夢の中で一緒に過ごすこと。

だけどぉ……この兄さまは本物の兄さまなのかな? と麻呂は今考えている。

これが兄さまも一緒に見ている夢だったなら、兄さまはきっと振り返らずに返事をするんだ。

反対に一緒に見ていない夢というのはね、麻呂が勝手に見ている夢の中ってことで、そっちの兄さまはね、むかしむかし ( みやこ ) で和歌が流行っていたころの大きな兄さまの性格だから、麻呂が声をかけたら、愛想よく、麻呂を見てにっこりするはず。

だから麻呂は思い切って、兄さまに話しかけてみた。

「ねぇ、兄さま。ここって、夢の中でしょ? 麻呂たちってどこに向かっているの?」

すると、麻呂の手を引いて先を歩く兄さまは、振り返ることもなくぽつりと言った。

「…… 堀川 ( ほりかわ ) に呼ばれたようだ」
「……ほーりーに?」
「ああ」

やっぱり麻呂の思ったとおり兄さまと同じ夢を今見ているってことがわかった。

顔を上げると少し先の橋の真ん中にほーりーが立っていた。ほーりーは、まだ麻呂たちに気が付いていない様子だ。

「ほーりーだ……ということはぁ……橋の向こうは堀川通? んで、そこの橋は 一条戻り橋 ( いちじょうもどりばし ) ?」
「そうだな。この手前の細い 東堀川通 ( ひがしほりかわどおり ) を越えると、一条戻り橋で堀川通のようだ」
「むぅ。兄さまは真面目だなぁ」

兄さまのそういうところ、麻呂は嫌いじゃないけど、通りがまだ神様になっていないのとか、昔はいたけど今はいないとか、兄さまは気にするタイプなんだよねぇ。

通神のいない通りを飛ばして言うと、いつもこうやってちゃちゃが入る。

「不服そうな顔だな。どんな通りであっても敬意を払うことが大切だといつも余が言っているだろう? 化身化していなくとも無視はできまい」
「わかってるよぉ……」

兄さまの言うとおりなんだけど、東堀川通がいつからいなくなったのかとか、理由は麻呂にもわかんないし、通神がいない通りが時々夢には出てくる不思議については、麻呂にはわかんない。

だけど、東堀川通はほーりーとご縁のある通りということだけは知っている。麻呂と兄さまみたいに仲良しだったと聞いたことくらいはある。

「……それで、ほーりーに声をかける?」
「ああ」

ほーりーの下へと麻呂たちは歩き出した。

すると、ほーりーは麻呂たちの気配に気が付いたみたいで、こちらを向くことなく声をかけてきた。

「おまえも七夕に来たのかい?」
「七夕……?」

七夕と聞いてほーりーが眺めていた方を見ると、川面に天の川が映し出されていてキレイだし、笹の葉には七夕飾りもたくさん飾ってあるのがこちらからでも見える。

「わぁ! ここで七夕するの!? 楽しそうだねぇ!」

と麻呂が声を上げると、すかさず兄さまが麻呂の肩をつかんで首を振った。

( ) たちを呼んだのは堀川だと思っていたのだが……どうも様子がおかしい。今、堀川は余と ( ひがし ) がいるのにも関わらず、おまえもと言った。普通、おまえたちもと言うはずだ。しかも、堀川が余たちをおまえと呼ぶだろうか?」
「兄さま、考えすぎじゃなぁい? 夢の中なんだし別にどう呼んでもいいでしょ?」
「いや。少し待て」
「うぅ……ん」

ほーりーの視線はずっと川面を見つめている。

その横顔はどこか悲しそうな様子で胸がギュッと掴まれる気がした。

(ほーりー……どうして川ばっかし見てるんだろ?)

この川は堀川というんだけど、周辺は古い建物や新しい建物が混ざって建っていて、どうやらこの夢の中の場所は ( みやこ ) だということは麻呂にもわかっていた。

夢の中なのに、「待て」だなんて変なことを言うなぁと思っていたら、ほーりーはやっとこちらを見て、麻呂たちに手招きをした。

「っ、東、行くな……!」
「大丈夫でしょ。これは夢の中なんだし」

麻呂はほーりーのところまで行くと大きな葉っぱをもらう。

「この梶の葉に書く七夕の願い事はどんなことでも叶うんだ。おまえなら何を願う?」
「昔みたいに葉っぱに書くんだねぇ。何でも……叶うの? それは困っちゃうなぁ」

麻呂は短冊代わりの梶の葉に、何を書こうかと真剣に考えてみた。でも、どんな願い事でもいいと言われると、なかなか思いつかないものだ。

本来は織姫さまにあやかって芸事とかの祈願をするんだよね……

「えっとね。麻呂は、とくに書きたい願い事はないからぁ、ほーりーが早く東堀川に会えますようにって書くよ。ね? いいでしょ?」

すると、いきなり兄さまが麻呂の袖を引っ張る――!

「おい、東! 堀川から離れるんだ!」
「……え、なんで?」

一気に辺りが真っ白になるほど明るくなって、目の前にいる大きなほーりーは光の玉に姿を変え空へと飛んで行ってしまう。

「えっ、ほーりー! 何ぃ? えぇぇ! 兄さまッ、どうゆうこと!?」

 

 

 

 

「わぁぁっ!」
「っと、びっくりしたなぁ。 東洞院 ( ひがしのとういん ) 、悪い夢でも見たのかい?」

部屋の片隅で本を読んでいた様子のほーりーが、笑っている。

「……堀川の部屋。では、夢の中のは……」
「夢の中でほーりーが、お空に飛んでっちゃったんだよぉ」
「え? ボクが空へ? 何とも奇妙な夢を見たんだね」
「……いや、夢ではあるが夢ではなさそうだ。東、その手にある葉を」
「手? ……あっ。これ、お空に行ったほーりーがくれたやつだよ」

しわくちゃになった梶の葉を広げてみると、何も書いてはいないはずなのに、そこには綺麗な文字で書いてあった。

『約束の 土御門橋 ( つちみかどばし ) 』と。

麻呂と兄さまはほーりーに夢の中の話をした。

ほーりーはどういうわけか、泣きそうで嬉しそうな顔をして聞いている。

あとでほーりーに聞いた話だと、昔、ほーりーは東堀川と毎年七夕になると土御門橋、今の一条戻り橋に出かけていたそうだ。

麻呂たちが夢で出会ったのは、東堀川だったのではないかということだった。

七夕の日には梶の葉に願い事を託して、川面に映る星を眺める夜を共に過ごし語らう……そんな2条であったのだともほーりーは話してくれた。

 

そんな不可思議なことがあった数日後、今日は七夕。

麻呂の提案で、今年は最近、亰にも現れた堀川遊歩道へ、ほーりーと兄さまと3条で行くことにしたんだ。

もちろん、一条戻り橋にもね。

- 完 -