姉・先斗・夷の紅葉狩り
「
呪文を唱えると、東西御殿の庭から一瞬で移動ができる。
夕暮れ時、目的の地へ降り立ったのは
けど……私の着物の裾が何かに引っかかってしもた。体制を崩しそうになったんで、ふと見ると、いつも夷が自慢してる現代風の洒落た下駄が私の着物の裾の上にあった。
「いややわ。私の着物の裾を踏んではるんとちゃう?」
「おっと、こりゃ悪かった!」
「おやおや。大丈夫ですか?」
「ぽんさん、おおきに。大丈夫やけど、もうちょっとでコケるところやったわ。そら、そんなに大きい荷物を持ってはったら足元も見えへんのとちゃいます?」
何が入っているのやら、わからへん大きな風呂敷を両手で抱えてる夷は、己の足をひょいと私の裾から外し、屈託のない笑顔を見せてる。
「それより、大事そうに抱えてはる大風呂敷の中には何が入ってるん? だって、お料理はぽんさんがもってはるでしょ?」
見ると、ぽんさんこと先斗町の手には、お重箱の四角い形をした呂敷がしっかりと握られてる。すると、夷は大風呂敷をいきなり地面に置いて広げはじめた。
「宴には欠かせねぇ、酒だろ、それと……」
「あら! 一升瓶3本!? それに、その七輪もしかして……!」
「察しがいいな。酒のアテを炙るための七輪だ」
続けて夷は、ガサゴソと紙袋から干物を取り出そうとするから私はあわてて夷を止める。
「いちいち出さんでもわかってるから、仕舞ってちょうだい」
「おお、そうか? だが、今日のは福井県の小浜から取り寄せた上等品だぞ?」
「そやけど、後から炙るんやろ?その時に見せてもらうわ。先に匂い嗅いだら、錦の品のええお料理が台無しになってしまうやない。」
「そんなことはないと思うが……」
「そんなことあるし。ねぇ、ぽんさん。あら? ぽんさん?」
ぽんさんへ意見を聞こうかと思い、振り向いたらぽんさんがいない。
「ちょっと、夷! ぽんさんがおらへん!」
「んん? 東西御殿に置いてきたのか?!」
「何を言ってはるん! さっきまでここに居てたやないの!」
周りを見渡したけど、何処にもぽんさんの姿はなく、名前を呼んでみたけど、返事は返ってこない。
「おい。先斗町……もしかして、また呼ばれたんじゃないか?」
「呼ばれたって……そんなことあるん? だって、ここは
ぽんさんは、人間の世界にある京都の先斗町という花街に通ってた道の通神。
彼には不可思議なことがよく起こる。
昔、先斗町という通りができるもっと前、その場所は処刑場も近くて、人間たちの無念が渦巻く河原の洲やったんよ。そういう歴史が今のぽんさんにも影響を与えてたりするんかもと考えていたりするけど。
私、詮索するんはあまり好きやない。ぽんさんはあまり自身のことを言いはれへんから、周りであまり余計なことは言わんほうがええよね。
そう云えば前に、亡くなった人間の念に呼ばれてしまうことがあるって話してくれたことがあったわ。
「もしそうやったら……ここは高台寺さん。ということは、ねね様に呼ばれたってことかもしれへんってわけやね。いややわ、私、何気にねね様のファンやのに」
「それは知ってる。……じきに戻ってくるだろう。すぐ始められるように、先に用意をして待ってようぜ」
「何やの。私のねね様への想いに対して、そのうっすい反応は……」
「紅葉狩りの場所を高台寺へって決めた時に、その想いは聞いた」
「そうやったかもしれへんけど……まあ話はまた後でしましょ。先に準備やわ」
「おいおい。……話は勘弁してくれよ」
それから、私と夷は荷物を持ち、高台寺境内の中にある二つの池のうちの一つ、
すると、観月台の中央にはすでにぽんさんの姿が見える。私が声をかけようとすると、夷が後ろから私の袖をひっぱり引き止めた。
どうやらぽんさんは誰かと話している様子。その話声に耳を傾けると……
「……そうですか。ここから眺める月は格別だと。それは良いことを伺いました、ありがとうございます。今夜は満月ですし、池に映るは紅葉と月……さぞや美しい夜となりそうですね」
そう一人で喋って、ぽんさんは微笑んでる。
すると、すぐに白い明かりがスッと観月台にいる彼を照らして消えていってしまった。
「ぽんさん……今のって?」
「ああ、ねえさんに夷川さん。今のは……あ、お名前を聞くのを忘れました。ですが、紅葉も月もここから眺めるのが一番いいそうですよ」
「……おおおっ。それは良いことを聞いたな。せっかくだしここで頂くとするか」
「夷、あんたのその神経の図太さは亰一やね……」
「ねえさん、別の場所にしますか?」
「いややわ。私もここでええよ。わざわざ教えてくれはったんでしょ? ここから見る紅葉が格別やって」
「はい……!」
ぽんさんに教えてくれはった人が誰かはわからんままやけど、きっとねね様に違いないと私は思っていた。秋の草花がお好きやったそうで、この観月台からの月をいつも眺めてはったと昔、聞いたことがあったから。
「そんな一等席を、彼女は私らのために譲ってくれはったんやろか……」
亰での紅葉狩り、毎年場所は違えど今年も私らのいつもの秋の光景が広がっている。
ぽんさんは三味線で秋の虫たちに合わせて音を奏で、夷は少し離れた所で、干物を炙ってる。私はというと、紅葉と月が一緒に映る美しい池の水面を眺めながら、美味しいお酒を頂いてる。
今更やけど……紅葉狩りは口実かもしれへんなぁと思う。
美味しいお酒とお料理があれば、私らは年中どこででも宴が始まるんやから。
せやけど、今宵はこの場所を譲ってくれた名も知れぬお方に感謝して……
ちんとんしゃん。
- 完 -