通神想起譚 –御池編–

雲一つない空が広がる、烏丸御池の交差点の朝。

その上空には、珍しい組み合わせの2条の通神の姿が浮かんでいた。

「悪いな、烏丸(からすま)
御池(おいけ)が気にすることはありません。お役目も兼ねて、たまには昔を思い出し、行動を共にするのも、懐かしくていいではありませんか」
「そういう、お前の何事も前向きに考えられるところは、(それがし)もいつも見習わなければと思う」
「ふふ。おだてても何も出ませんよ。さあ、参りましょう!」

この日、御池は記憶をたどり、何かしら確認したいことがあったようだ。

その記憶の旅を共にと選んだ相手は、この土地で一番最初に出会った『友』の烏丸だった。

鳴くよ鶯、平安京——と今は言われるが、それは遥か昔も同じ。

この盆地にも、青い山々から東風が吹いてくる。

芳しい風に誘われて、鶯も声高らかに舞い歌う都であったことは、数少ない文献や歌、絵巻物からも伺い知れる。

そんな雅やかな美しい景色が見える場所で、御池の意識は芽生えた。

芽生えたての御池の脳裏に、一番最初に入ってきた景色が彼の好奇心をくすぐる。

「あれは、何だ? この景色はどこにあるんだ? 何が鳴いているんだろう?」と。

少しした頃には、既に人間の子供・12歳くらいの見目の姿で辺りをうろうろと歩き始めていた。ずっと何かを考えては、その物事の本質を見つけるのが楽しいと、後に出会う友・烏丸に話したことがあるという。

現在、御池通りと呼ばれている通りは、平安京が出来た当時、三条坊門小路(さんじょうぼうもんこうじ)と呼ばれていた。この小路の朱雀大路(すざくおおじ)に繋がる東西の出入り口には、坊門と言われる門が置かれていた。

ちなみに、『坊門』とついた通りは他にもある。三条坊門小路自体は、ちょうど二条大路と三条大路の中間にあった。

すぐ近くに朱雀大路があり、二条大路からも近いということは、平安宮からも近く、貴族の子供が多く出入りする大学寮や寄宿舎施設なども、建ち並んでいた場所にあるということ。賑やかな場所であったことは、容易くうかがい知れる。

ここからは、彼のことを三条坊門と記すとしよう。

ある日を境に、未来の官僚を目指している、貴族の子供たちが集まる大学寮へ、彼は立ち寄ってみるようになる。

真摯に学ぶ姿や、時折楽し気な笑い声などが聞こえてくる建物に、三条坊門は興味を持った。

何度もつまみ出されるも、いつしかそこで出会った人間たちの好意で学び舎に入ることが許されるようになる。そこで、様々なことを学んだ。

大学寮では、三条坊門を視ることができる人間と、出来ない人間が居た。それがどうしてなのか考えてみるも答えは見つからない。

(この人間にも某の姿が視えるといいのに)と考えていると、その人間が三条坊門を認識したので、自分の中の意識で人間に見せることができるのだと知り、以後、人間へ姿を視せるか視せないかを使い分けるようになった。

三条坊門小路の意識を持つ彼にとって、様々な何かを学ぶのには、この辺りは格好の場所だったのであろう。彼の強い好奇心が、彼の行動を自由にしたのではないかと思う。

「朱雀大路の向こう側に続く道にも、某の意識が繋がっているのがわかるな」
「おい。ここは立ち入れぬところだぞ」

ある日、坊門から朱雀大路を覗いていると、三条坊門は坊門の番人に見つかってしまう。つまみ出されるところ、彼は番人にいつも思っていることを尋ねてみた。

「この大きな道は、何のためにあるのだ?」と。

三条坊門の道は人が多く行き交うが、この大きな道に人が通っているところをあまり見たことがなかったからだ。

「何も知らないのか? この朱雀大路は特別な大路なんだ」
「特別とは、どういう特別なのか、教えてくれ!」
「いいか、良く聞けよ。この朱雀大路は、国の外へ使いに出ているお偉いさんが通ったり、国の外から(みかど)に会いに来る偉い人が通るんだ。朝廷が動くような大事な時に使われる道なのだぞ」
「ほう。重要な時にだけ開かれる道なのか」
「そうだ。だから、ここから先へは入れないのだ」
「ふむ。では、あちら側に行く方法を教えてくれ!」
「はぁ?」

三条坊門は番人に、九条大路辺りまで下ると西へ行けるのではないかと尋ねると、そもそも番人は左京側で生活をしているので、あちら側である右京はわからないと言った。

そう聞いて三条坊門も考えた。ずっと右京側が気になってはいるが、己も今存在している左京側のことを良く知らない。

「……左京をよく知ってからでも遅くはないか」

真新しく整備された新京の左京側での、三条坊門小路は、両端に外側の垣根と犬行(いぬゆき)という細く狭い両脇の通路、そして溝を含めた道幅おおよそ12メートルほどの小路だった。

東へと行くと、大きな美しい池のある神泉苑(しんせんえん)も見ることが出来る。そのことも踏まえて、左京側の道という道すべてを歩いてみることにした、三条坊門。

左京側の神泉苑より東は行ったことがないと、好奇心から歩みをすすめたのだが、さっそく目の前には一つ目の課題が現れる。

「この神泉苑を越えるのか……」

右にも左にも続く塀。

「石を積めば……乗り越えられるか」

どこからか大きな石を拾ってくる三条坊門。それらを積み上げて、足をかけた。

塀の上に立つと、広大な美しい庭園が広がりを見せる。その美しさは、己が目覚めた時に、いち早く脳裏に浮かんだ景色だった。様々な木々が植えられ、大きな池には美しい船が浮かび、花々が揺れる雅やかな光景——

塀から神泉苑へと踏み込むと、清々しい空気を感じる。そういえば、大学寮でここの話を聞いたことがあったのを思い出す。

「あれは、ここの景色だったのか……」

何十年か前の日照り続きだった年、偉いお坊様の空海様が、ここで雨乞いをされたとか。帝の御一族が憩いの場にしているとかといった話だった。

すると、女人が数名、北の方から現れ、三条坊門はすぐに身を隠したのだが、一人の女人に見つかってしまう。

「今出てくれば罪には問わぬ」

そう言われたら出ていかないわけにはいかない。

「なんじゃ、子供ではないか。どうしてここにいるのじゃ?」
「向こう側へ行くために横着をした。すまぬ」
「おまえ、庭を横切ろうと思うて入ってきたのか?」
「そうだ」
 すると、女人たちがくすくすと笑いだした。
「どうやって入ったのじゃ?」
「石を積み、それに足をかけ、よじ登った」

三条坊門の答えを聞いて、女人たちは今度は人目を気にせずに笑い出す。その様子は、まるで大輪の花が咲いたようだった。

目をぱちくりとしてただ立っている三条坊門のところへ、声をかけてきた女人がやってくると、今から船にのって遊ぶので来ないかと誘われた。

が、三条坊門はこれから東へと行くことにしているからと断った。

「それならば、またおいで」と優しい笑顔で女人は見送ってくれた。

神泉苑を後にした三条坊門は、東へと進みながら南北の通りを数える。

「朱雀大路から数えると、5条目は猪隅小路(いのくまこうじ)、 6条目は堀川小路(ほりかわこうじ)…… 7条目は油小路(あぶらのこうじ)、8条目は西洞院大路(にしのとういんおおじ)か」

知らない通りに出会う度に、何だか得体の知れない期待が膨らんでいくのがわかった。

「……9条目は町尻小路(まちじりこうじ)というのか。 10条目……室町小路(むろまちこうじ)、11条目は烏丸小路(からすまるこうじ)……か」

左京側の様子が何となく理解できた三条坊門は、さらに東へと歩を進めた。

東の末端には、一気に視界が広がる場所があり彼は驚いた。そう、川が流れていたのだ。己の存在がいかに小さいのかを思い知らされた三条坊門は、初めて寂しさを覚える。

ちょうど御池が、平安京に芽生えてから経験した冒険を烏丸に話した時、現代の京都で2条は、堀川御池の交差点に差し掛かっていた。

「御池、堀川通まであっという間に着きましたね」

2条は、あれから御池通をお役目がてら、歩いていた。

「ああ。ここは一気に視界が広がるな」(あの頃感じた寂しさは、もうない……か)
「そうですね。ここの交差点は、いつ来ても本当に広い。二条城がすぐそこに見えます」
「おい。信号が青に変わるぞ」
「渡りましょう」

どこか楽し気な烏丸と、いつもと同様に落ち着いた御池は、信号が変わると横断歩道を西へと渡った。ここから、御池通はそれまで左右8車線あった道が、左右2車線になる。

「私とあなたが出会ったのは、神泉苑の御霊会の前の年でした」
「そうだった。某が鴨川より東の意識がないことがわかり、今度は南北の通りを冒険していた時の事だったな」

烏丸は、出会った頃のことを思い出したのか、堀川通(ほりかわどおり)から西の行く手を、目を細めて見つめた。

「景色はすっかり変わってしまいましたが、よくこの通りを共に歩きましたよね」
「烏丸が某を送ってくれるからだ」
「いいえ、あなたが私を迎えに来るからですよ」

立ち止まった2条は、同時に顔を見合わせて失笑する。

「どれだけ歩いても、話が尽きなかったな。あの頃は」
「ええ。同じ境遇の仲間に初めて出会ったのです。仕方ありません」
「そうだな」

昔、2条が共に何度も往復していたのは、今の烏丸通から千本通(せんぼんどおり)の東側まで。

「堀川兄弟と出会ったのは、あなたと出会って少ししてからでした。平安京ができて100年くらい経過した頃には4条で走り回っていましたね」
「4条で、堀川に笹舟を流し競い合ったこともあった」
「ええ、覚えています。古い古い懐かしい記憶です」
「烏丸と出会って少しした頃だったな……右京へと行きたいと某が言い出したのは」
「そうです。あなたが、向こう側をずっと気にしていたのは知っていました」
「烏丸はためらうことなく、某に言ってくれた……」
「フフ。あの時は『私もお供します』と言いましたかね」

そして、御池は、からすまるとした冒険へと思いを馳せ始めた。

三条坊門は、862年にからすまるという、己と同じ境遇にある者と出会う。からすまるの見た目は三条坊門と同じくらいの12,13歳、そのせいなのか妙に馬が合って、よく語り合っていた。

そんなからすまると出会った頃から、大きな火災や、疫病が流行する右京の光景が三条坊門の脳裏にも伝わってきていた。日々、そこはかとなく不安が降り積もる。

「どうしたのです? 今日はいつになく口数が少ないですね」
「……某、いつも口数は少な目だ」
「そうでした。……ですが、今日は何か考え込んでいるのではないかと」
「からすまるは何でもお見通しなのだな」

この時、三条坊門は己の考えていることをからすまるに話さなかった。きっと、己自身のことに、からすまるを巻き込みたくなかったのだ。友になった、からすまるには、三条坊門小路のような不穏な状況はなさそうだったこともあったかもしれない。

それから、月日は流れた。

ますます西側の三条坊門小路のことが気になって、とうとう、その思いに三条坊門はこらえきれなくなる。

「からすまる!」
「三条坊門どうしました?」
「どうしても……行きたい。某の目で右京の景色を見たいのだ。だから……」

だから……しばらく会えないかもしれない、と言いたかったのだろうが、すぐにからすまるがこう言った。

「……わかりました。私もお供します」
「いいのか?」
「いいも何も……遅すぎるくらいです。いつ言い出すのだろうと、私はずっと待っていましたから」
「……人が悪い」
「三条坊門、私たちは人ではありませんけど?」

からすまるに、今まで西へと行かなかった理由を聞かれて、三条坊門は全ての人間に視えないように行くことが不可能だったからと答えた。

何故か、人間に行動を止められると、従わなければいけないような気がすると、なかなか行動に起こせなかったとからすまるに話した。

「そのような気持ち、私にもわかる気がします。もしかすると、私達が人間ではなく、人間たちが創りだした道に存在するものだからでしょうか……それで、いつ行きますか?」
「……少し情報を集めたい」
「わかりました。では、私もそのように」

2条が、朱雀大路を西へ渡るために情報を集めていると、人間たちの間に、ある噂話が広がっていることを知る。

神泉苑で御霊会(ごりょうえ)が行われるという話だ。

862年の暮から、咳逆病(がいぎゃくびょう)が流行りだしたことをきっかけに、 貞観(じょうがん)5年(863年)5月に朝廷が国を挙げて初めて御霊会を行うと言う話は、次第に噂話から現実味を帯びてきた。

日を追うごとに、貴族たちの話はより具体的になり、御霊会の当日がどういう流れで進むのかなども、三条坊門の耳に入ってくるようになった。

「……ということらしい」
「病は恨みを残して亡くなった人々の祟りが原因であると、人間たちは考えているようですね」
「それで、御霊を癒す奉納が行われるそうだ。当日は、神泉苑の四方の門が開き、民たちが自由に敷地へと入ることを許される……」
「それでは、神泉苑に人が集まるということですね。開門を確認して、私たちは西へと参りましょう」
「そうしよう」

ここだけの話だが、三条坊門小路ゆかりの神泉苑では、その後の869年には、66本の鉾を造り厄払いをしたという記録が残る。神泉苑は、雨乞いや厄払いなどが行われる神聖な場所でもあったのだ。

――そして、御霊会当日。神泉苑の四方の門が解放された。

神泉苑は普段、皇族だけが使用する庭園だ。

あの日、敷地内に忍び込んだ日以来、三条坊門は足を踏み入れていなかった。

この日は、もちろん御霊会のため、祭壇や早良親王(さわらしんのう)、伊予親王など六柱の御霊の霊座が設けられていて、厳かな雰囲気が漂っている。

「神泉苑の中に初めて入りました。……人々の言う極楽浄土というものがあるのなら、このような景色かもしれません」
「…………」
「三条坊門?」
「……驚いた。言葉が出てこない」

開門を確認するだけのつもりだったのに、三条坊門とからすまるは、この式典で見たことがないほど美しい稚児の舞や、雅楽(ががく)の演奏を聞いた。

その後も、神泉苑へと押し寄せる人混みに紛れて少年たちは、三条坊門小路にある東側の門・豊財坊門(ほうざいぼうもん)をくぐり――大きな朱雀大路を突っ切るように歩き出した。

「三条坊門、私は朱雀大路から西へと行くのは初めてです」
「……からすまるの意識は南北にあると言っていたな。それならば、初めてなのは当たり前だ。某の今一番気になっているのは……御室川(おむろがわ)が氾濫したところの地盤が腐っておるのではないかということだ」
「では、川の近くを実際に見ておきたいのですね」
「ああ」

この頃から三条坊門は、きちんと偵察をする慎重なところがある。

「あと、からすまる。朱雀大路は、夜になると盗賊が出ると聞く。よからぬ人間たちに出くわす前に戻ってこよう」と歩き出した2条だった。

2条にとって、行ったことのないところへ出向くのは、ちょっとした冒険だった。

やっとのことで、西側の門が見えてくる。東側とあまり変わらない景色だ。塀の向こうには建物があり、朱雀大路側に並んでいるのは柳の木だった。

それでも西側の門をくぐってすぐ、朝廷の倉庫である穀倉院(こくそういん)が広い敷地を有して広がっていた。 そこから先へ少し進むと、東側の左京のような立派な屋敷は少ないことがわかった。

「左京の方が栄えているようですね。ここまで来ると建物がまばらです。この先は百姓たちの住まいが多いように見受けられます」
「春に咳逆病で倒れたのは、百姓が多かったと聞く。きっと亡くなったのは右京側の人間が多かったのではないか」
「そうかもしれません。夏になると、また川の氾濫が起きて、疫病が流行るかもしれませんね」
「そのために、御霊会のような場を設けて、人間は祈るのだろう」
「三条坊門、人間とは興味深いものだと思いませんか」
「そうだな」

西側の庶民の暮らしを見た2条。三条坊門が懸念していた、御室川の氾濫の影響は、彼の想像の範囲内だったようだ。

少年たちはその後、暗くなる前に、無事左京へと戻ってくることが出来た。

「からすまる、今日はありがとう」
「いえ。私も学びになりました。では、また」
「ああ。また」

この時行われた御霊会の甲斐虚しく、咳逆病は数年間、平安京の人々を苦しめた。そしてまた月日が何年か経ったが、 からすまると三条坊門は、仲良く平安京の隅々を見に行っては、様々な道の状況を把握し、同じ境遇の者がいないかと探したりもした。

そんな日々を送っていたある日。

三条坊門の記憶の中に西側の門の倒壊の映像が流れ込んでくる――

倒壊した坊門は、門番とその妻、子供たちを下敷きに。4人が亡くなったことを知る。

今まで人間が亡くなることを、気にも留めなかったが、その印象だけは強く残ってしまい胸が痛んでいる様子だった。

御霊会で魂を癒すことができると思い出した三条坊門は、その事故の二日後、神泉苑に忍び込むことにした。『祈り』がこの場所であれば届くのではないかと思ったからだ。

神泉苑にやってくると、変わらない美しい庭園が、広がっていた。

三条坊門の祈りには、演奏も供物も舞もないが、ただ手を合わせて目を閉じる。

すると、次第に池の方から楽し気な声が近づいてきた。

「……そこに居るのは誰じゃ?」と、昔聞いた声が三条坊門へと投げかけられる。
「そなた……すいぶんと昔、ここへ忍び込んだ子供ではないか。わらわは夢を見ておるのか?」

16,7年前に出会ったはずの少年の姿が変わりないことに驚く女人。三条坊門は頭を下げて立ち去ろうとするも、この女人に引き止められた。

「手を合わせておったのぅ……誰に合わせておったのじゃ?」
「二日前に、この道の先で門の下敷きになり亡くなった家族だ」
 それを聞いた女人は、三条坊門の側へとやってくる。

「死んだ者はどこに行くか知っておるか?」
「知らない」
「天へと行かれるのじゃ」

女人の視線は空へと向けられた。

「天……」
「そうじゃ。もうじき日も暮れる。今宵はまあるい月が出るそうじゃ。その月はのぅ、この池に映し出される……遠くにある天が、わらわたちに歩み寄ってくれる夜が来よう」

池に映る天を見ませんか? というお誘いだと気が付くのに少し時間がかかったが、優しく手を引いてくれるので、三条坊門は女人たちと船へと乗ることになる。

「今宵、わらわたちもそなたと共に祈ろう。ところで、そなたの名は何と申す?」
「三条坊門だ」
「三条坊門? 長い名じゃの、わらわはそなたを『おいけ』と呼ぼうかの」
「おいけ……?」
「そうじゃ。三条坊門は長い。亡き者に手を合わせる、そなたの清い心とこの池の清らかさ。それと、この池でわらわたちが出会ったことを忘れぬよう『おいけ』ではいかがか? そして、これからはわらわの友になっておくれ」

初めて名をもらった。

今までの三条坊門は、人間たちが認識している、己の意識がある道のことを『三条坊門小路』と呼んでいるから、それを名にしていただけだった。この神泉苑でしか呼ばれぬ名だとしても、ここへ来る許可をもらったようで嬉しかったのだ。

それから夢のような時が過ぎた。時々、遊びに来いと言われたので、三条坊門はその後も何度か、『おいけ』と呼んでくれた女人を尋ね、菓子をもらったり、遊んだりと可愛がってもらった。

916年頃、可愛がってくれていた女人がこの世を去った後は、ぱたりと神泉苑に行かなくなった三条坊門。

実は女人が亡くなった後に、悲しいという感情が彼に芽生えたのだ。己がこの平安京に存在するようになり、良くしてくれた人間はたくさんいたのだが、この時はかなり辛かったようだ。

そして、少しだけ見た目が大きく成長したのも原因だった。人間でいうところの十二歳から十五歳くらいへと、一晩で変化したのだ。 今まで関わった人間に会うことが(はばか)られる。

「驚いたか?」
「いえ。私もそうでしたから」
「良かった。からすまるなら理解してくれると思ってはいたが……」
「心配だったのですね」
「……まだ今も心配だ」

からすまるはとても嬉しそうな顔をした。

「な、なんだ……どうして笑っている? 某のことが滑稽なのか?」
「違います。以前、あなたは抱えた悩みを、長い間教えてはくれませんでした。ですが、今回はすぐに打ち明けてくれましたね。不謹慎ですが、私はそれが嬉しい」
「からすまる……」
「ですが、あなたの心配ごとを解決できるほど、私は物事を知りません」

2条でたくさん話し合いをしたが、この時、解決には至らなかった。

それから、100年ほど経ったある日。

「あの問題を解決してくれそうな仲間がいました。私と会いに行ってみませんか?」

からすまるが、三条坊門にそう言ったのだ。

からすまるが、三条坊門に紹介するのは春日小路(かすがこうじ)、後の丸太町(まるたまち)だった。

からすまると春日小路との出会いは、春日小路が四条大路(しじょうおおじ)から烏丸小路で子供がうずくまっていたことを聞いたのち、 もしやと思って烏丸小路の化身を探していたところに繋がる。

ただ、探してはいたが、三条坊門とつるんで、あちこちに出没していたからすまるは、烏丸小路に留まっていなかったため、1062年を超えた頃、やっと春日小路はからすまるを見つけた。 春日小路は約270年近く、からすまるを探していたことになる。

そして、ようやく……三条坊門は春日小路に出会うことになった。

「春日小路、こちらが三条坊門です」
「はじめまして」

と、三条坊門と春日小路が初めて顔を合わせたのは、からすまると春日小路が出会って2,3年ほど経ってからだったようだ。からすまるも慎重なところが三条坊門に似てきたのかもしれない。

これまで、三条坊門はこれからの事について悩み抜いていたのだろう。それもどうやら随分と長きにわたってからすまると問題にして考えていたのだから、彼が春日小路と会うことはすぐに決めたようである。

再び、現代に戻ると神泉苑へと立ち寄った2条は、朱赤の法成橋(ほうじょうばし)へと歩を進めていた。

「ずいぶんと狭く感じますね」
「ああ。昔の敷地の十六分の一だそうだ」
「ですが、ここの空気感といいますか……清い気が感じられます。あの日初めて足を踏み入れた時も感じた、神聖な気が……」
「そうか? 某にはわからん」
「あなたは、ここをよく知っているのでしょう?」
「そうだな、知っている。この庭園に良くしてくれた人がいたからな」
 御池は、当時のことを烏丸に初めて話す。
「そうでしたか……そこで『おいけ』と呼ばれていたなんて初耳です」
「ああ。江戸時代に、三条坊門小路から御池通に名が変わって某も驚いた。このような偶然があるのかとな」
「案外、呼び名を付けてくれた方は預言者だったのかもしれませんね」
「預言者だと? ……くだらん」
「おや? アヒルがいますよ。愛らしいですね」
「ふん。話をそらしたな、烏丸」
「それより、昔の話の続きをしましょう。主上に初めて会ってすぐに、あなたは四条とも会ったのですよね?」
「ああ。主上もそうだが、四条との出会いは、某にとって衝撃的だった」

記憶をたどりながら御池がする話に、烏丸は胸を弾ませた。

「四条のところでは、どのような事を主に学んだのですか?」
「庶民と庶民を束ねる人間たちの工夫などだ。言葉は自然と覚えたが、文字は四条に習った。そういえば、烏丸は誰に文字などを習ったんだ?」
「私は、僧侶の世話になりましたので、その方に」

橋から覗くと、池には鯉が泳いでいる。水面には2条の姿もあった。

「小路だった、あの頃も懐かしいな」
「あなたが、こんなにも大男になってしまうとは、当時の私には想像がつきませんでした。ほんの少し成長しただけで、この世の終わりのような顔をしていたのに」
「想定していなかったのだ。掘り返すな、まったく」

長い付き合いだからこその2条の他愛のない会話が、神泉苑の池の上で響く。

御池通は、第二次世界大戦が始まると、沿道にあった建物は無くなって防火地帯となる。

厳しい時代ではあったが、この辺りで御池は現在の高身長の姿になった。

近年の開発だけでも、御池通は目まぐるしく変化を遂げている最中だ。

京都のシンボルロードとして動き出した御池通は、おそらく今後も発展をしていくだろう。

変化を遂げ行く忙しい通りの化身だからか、時折、ゆっくりと時間が流れていた平安時代を思い出したくなる御池は、神泉苑に来ると心が落ち着くそうだ。

今日は、初めてもらった『おいけ』の名に込められた女人の温かい想いのことを、思い返したかった。そう、あの日の記憶を確認するために、彼は烏丸とここへ来たのだ。

『亡き者に手を合わせる、そなたの清い心とこの池の清らかさ。それと、この池でわらわたちが出会ったことを忘れぬよう……そして、これからはわらわの友になっておくれ』

遥か深くに仕舞い込まれた、一言一句が御池の記憶の新しいところへと浮かび上がってくる。あの時の声、あの時見た光景さえも鮮やかに。

「安心してくれ。この池で出会った友のことは、今も忘れてはいない」

御池は、己の中に確認できた大切な記憶の欠片を胸に留めて、顔を上げた。

「大切な記憶を、確認できたようですね」
「……某は、おまえにそれを言っていたか?」
「いえ。何も聞いていません。ですが、もう付き合いが長いのでわかりますよ。朝、何か確認したいことがあると顔に書いてありました」
「某の顔色を読めるのはお前ぐらいだな。……時々、確認しておかねば消えることがある」
「私たちの記憶は、厄介な環境下に置かれていますからね」
「今日は助かった」

御池はそう言うと、烏丸に礼を言った。

ところで、御池が1条でここに来なかった理由を話しておく。

これは、御池の性格上の問題なのだが……1条で来ると、記憶の底にまで意識が深く潜ってしまい、なかなかこの場所を離れられなくなる……ようするに時間がかかるからだ。

御池は己を分析し、時間がかかることの欠点と利点を鑑みて、誰かと共に神泉苑へ行こうと先に手を打っていたのだ。烏丸は、御池が1つの事にじっくり時間をかけることをよく知っている、数少ない理解者の中の1条。

この数秒後、御池は烏丸に「今日付き合ってくれた礼をしたい」と、律儀に甘い菓子を買いに行くことだろう。

そして、今日も『おいけ』と呼ばれる幸せを胸に、行き交う人々の安寧を祈っていることだろう。

御池通、沿道の紫陽花が美しく咲く季節には、是非歩いてみてほしい。

もしかすると、好きな和菓子を買いに行く彼に、出くわすかもしれない。

- 完 -